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せいぜいたのしくやろうぜ

書いてる人:二木

30代からはじめる映画鑑賞。感想記事は基本的にネタバレしているのでご了承ください。

癌と二木家

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 父が肺がんと診断されて丸3年が経過した。本当だったら今ごろ生きてないはずだったのに、彼はかなり成功確立の低い手術を無事に乗り越え、入院中も母親から「食いすぎだよこのクソデブッ!!」っと平手打ちを食らうほど勝手に大量の飯を食い(目を離すと大体カップ麺かイモ類をモグモグしていたらしい)、不死鳥の如く生還したのだった。

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はじめてのスタウォーズ① ドロイド萌えのエピソード4

 若い頃から「定番映画は老後の楽しみ」を合言葉に数々の名作をスルーしてきたが、映画館で見たスターウォーズ エピソード7の予告篇がなんとも楽しそうで、あれを是非映画館で鑑賞すべきとばかりに先日の地上波放送でエピソード4を初視聴した。三十余年の人生でSWの物語に触れたのはこれが初めてである。映画の宣伝にしっかり乗っている自分のチョロさも、この歳になると悪くないなと思える。

 結論から言えば、最初から最後までずっとR2-D2C-3POのやりとりにばかり興味が向いてしまった。私にとってこの映画は、SFやアクションよりも「ドロイドを用いた友情コント」という色が強いものとなった。
 まず、R2-D2が電子音しか発していないのに、皆が彼(?)としっかり意思疎通ができているのは何故なのか。C-3POはわかる、ドロイド同士でさぞ波長も合うであろう。しかしルークをはじめ大体どの人も、R2-D2と一切滞りなく会話できるどろか我々にもR2の発言している内容がわかるように会話してくれるの、わかってるんだけど私、こういうの、なんかめっちゃ好き…。
 そのR2-D2が任務のために、広大な砂漠を一人で淡々と移動し続ける風景がなんとも心細くていい。しかも途中でサンドピープルに捕まって(かなり重心が安定しているにもかかわらず、攻撃されてわざわざ前のめりに倒れてくれるそのわかりやすさ!)、売りに出されりゃC-3POだけルークたちに買われそうになり、なんとも切なげな音を出しながら遠ざかるC-3POの姿を見詰める…。私はこういう、非生物に心があるような描写にめっぽう弱いのである。そしてR2に対して常に浅香光代のような口調でくどくど説教をするC-3POの小うるさい雰囲気も愉快。言う事をきかないR2にうんざりしながらも、しっかり相棒として愛着が沸いてしまっているのが憎めない。

 勿論、ハン・ソロとチューバッカも負けないくらい素晴らしいコンビだった。彼らは全く違う種族で文化や性格が違うのを受け入れながら、お互いを尊重し合っているというのが会話からもしっかり見てとれた。チューバッカの繊細さを一番わかって気遣っているハン・ソロがあんなに気遣っているにも関わらず、レイヤ姫がチューバッカをあっさりと雑巾呼ばわりしているのは結構衝撃。

 肝心の物語については伝聞だけで把握していたものが大体あってた、というだけで特別今更書くようなこともないかと思う。ただ、ストーム・トルーパーやライトセーバーなど、SWのアイコン的な演出やデザインを目にするだけでテンションが上がってしまうSWファンの気持ちは大体わかった。もう、とにかくカッコイイのである。

 エピソード7へ続く。

今のままの私で健康になりたい

 漫画、音楽、ゲーム、同人、そして最近は加えて映画鑑賞。私は子供の頃から趣味がすべてインドアである。どうしてスポーツをするとか、何か実用的な習い事をするとか、そういう方向に進んでくれないのだろうか……。自分の舵すらうまくとれずに悩んでいたけれど、結局私はものがたりが好きなので頭を無にして没頭する系の趣味は長続きしないからしょうがないという結論に行き着いた。この世に生きる限り、私はものがたりの奴隷なのだと思う。

 しかし普段も平日はずっとデスクワーク、職場でも電車でも家でもずっとモニタを眺めっぱなしのせいか肩こりが殊更酷く、定期的に首が動かなくなったりする。こうなると痛みが激しくて仕事も1~2日休まなければならなくなるので、冗談ではなく死活問題なのだ。最近は体力が落ちたせいでライブに足を運ぶのも億劫で、もしかして爆音の埋め合わせとして映画館に通うようになったのかもしれないと己を疑っている。

 なるべく体力をつけるべく、最近映画を見ながらスクワットやストレッチをしているが、たまに張り切りすぎて筋肉痛になるくらいで効果のほうはまだ現れていない。願わくは金をかけず、趣味を保ったまま、マッチョな文科系中年になりたい。筋トレよりも「映画鑑賞中に酒を飲まない」という誓いを守るのが困難で、いつまでトクホペプシで自分を誤魔化し続けられるのか。正直、自信は無いのであった。

『リトル・ミス・サンシャイン』(2006/アメリカ/ジョナサン・デイトン&ヴァレリー・ファリス)

 本当にアホばっかりの家族で、お母さんが必死に繋ぎとめてるからギリギリ家族の形を保っているようなもので、私もここの家の兄貴と同じで「やっぱ家族とか手放しで素晴らしいだなんて言えない、っていうか地獄」という想いに、終始全面的同意せざるをえない作品であった。もう、あのワーゲンのバス、途中からFF6魔列車に見えてきたし。
 でも、こういう不安要素のある家庭で兄弟の仲がいいというのは救いだった。ドウェーン兄ちゃんは自分の繊細な思春期を、おそらくあの家族の歴史の中で一番わけのわからない時代に迎えてしまった。彼が作中で黒歴史を更新し続けているのはそういう理由もあったからだとは思うが、家族にうんざりしつつも父親違いの妹を彼なりにしっかり面倒を看ているところが異様に泣けた。ドウェーンに、幸、あれ……。
 どうしもうもない言い争いをする大人達をよそに、一切空気を読まないで夢に突っ走っていくオリーヴの愛らしさは痛快でした。最後、おじいちゃんがいなくても一人で走ってバスに乗れるようになったオリーヴは、とてもかっこいい女の子だなと思います。全体的にアメリカ版ちびまる子ちゃんって感じだったので、まる子の最終回もこんな感じだったらいいのになと、現在公開中の劇場版CMを見ながらたびたび思うのであった。

『her/世界でひとつの彼女』(2014/アメリカ/スパイク・ジョーンズ)

her/世界でひとつの彼女 [Blu-ray]

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 街の雰囲気が東京にそっくりだなと思ってあとから調べてみて、この映画の舞台が「ちょっと未来のロサンゼルス」であったことをやっと知った。現在のロスと香港を合成して描かれた小綺麗な未来の街で、主人公セオドアは今生きている我々とさして変わらぬ悩みや孤独感を抱えている。
 人間関係は美しくない。だからこそ妙に洒落ていて、現実離れして可愛らしく作りこまれた本作の美術は、疲弊しきった私たちに優しい。美しさとはつらい現実に寄り添ってくれるものなのかもしれない。

時々思うんだ 僕は一生で味わう感情を味わってしまい
新しい感情はもう湧かないかもと ただ味わった感情の劣化版だと

 もしかしたら、「つまらない」という感情は「寂しい」とイコールで結びつくものなのではないだろうか? 寂しい/つまらないからこそ我々は他者を求めて、「社会的に許容された狂気」である恋に身を投じようとする。しかし30歳を過ぎて、結婚にも失敗して、仕事も飽きてきて、人生の最高も最低も一回り味わってしまったら、その後はセオドアの言うとおり人生に新鮮な感動はなくなってしまうのではないか。他人に期待するのにも疲れているから、なんというか、交通事故くらいの衝撃がなければ、恋をする事すら難しくなっている。若い頃なんて嫌でもうっかり恋してたりしたのに……。
 そんなセオドアに起こった交通事故並みの出来事が、人工知能を搭載したOSのサマンサとの出会いだったわけだ。しかしそんな彼女との素晴らしい日々、その後の想像もしていなかったすれ違いが、停滞しきっていたはずのセオドアをまた一つ成長させてくれた。

 ラストシーンでセオドアが元妻に送ったメールの内容が素晴らしかった。

一緒に成長し
僕を作ってくれた
1つ伝えたい 僕の心には君がいる
感謝してるよ
君が何者になりどこへ行こうと
僕は愛を贈ろう
君は生涯の友だ

 別れてしまった恋人。仲違いした友達。もう二度と会えない人たち。人生のどんな時にもたびたび現れては去り、しこりだけ残していった他者。彼らは自分勝手に振る舞い私を傷つけた。私も反撃した。それでも。そんな人たちと少しの間でも共有していた楽しい時間が、今の私を作っていることは事実なのだ。
 私もいつか、セオドアのような言葉を、相手に伝えられないとしても自分の中で紡げたらいいのにと思う。

 もし本作のようにコンピューターへの入力が音声主体になったとしたら、それが人間の脳に及ぼす効果は絶大な気がします。毎日こうやってスマートフォンやPCに向かって黙って文字を打っているときの静寂な孤独が、何か別のものに変化しそうな気がする。家でも街中でもOSに話しかけるのが当たり前な未来が来るのだとしたら、私はちょっと楽しみです。

2015/12/26 Huluにて