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せいぜいたのしくやろうぜ

書いてる人:二木

30代からはじめる映画鑑賞。感想記事は基本的にネタバレしているのでご了承ください。

『her/世界でひとつの彼女』(2014/アメリカ/スパイク・ジョーンズ)

her/世界でひとつの彼女 [Blu-ray]

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 街の雰囲気が東京にそっくりだなと思ってあとから調べてみて、この映画の舞台が「ちょっと未来のロサンゼルス」であったことをやっと知った。現在のロスと香港を合成して描かれた小綺麗な未来の街で、主人公セオドアは今生きている我々とさして変わらぬ悩みや孤独感を抱えている。
 人間関係は美しくない。だからこそ妙に洒落ていて、現実離れして可愛らしく作りこまれた本作の美術は、疲弊しきった私たちに優しい。美しさとはつらい現実に寄り添ってくれるものなのかもしれない。

時々思うんだ 僕は一生で味わう感情を味わってしまい
新しい感情はもう湧かないかもと ただ味わった感情の劣化版だと

 もしかしたら、「つまらない」という感情は「寂しい」とイコールで結びつくものなのではないだろうか? 寂しい/つまらないからこそ我々は他者を求めて、「社会的に許容された狂気」である恋に身を投じようとする。しかし30歳を過ぎて、結婚にも失敗して、仕事も飽きてきて、人生の最高も最低も一回り味わってしまったら、その後はセオドアの言うとおり人生に新鮮な感動はなくなってしまうのではないか。他人に期待するのにも疲れているから、なんというか、交通事故くらいの衝撃がなければ、恋をする事すら難しくなっている。若い頃なんて嫌でもうっかり恋してたりしたのに……。
 そんなセオドアに起こった交通事故並みの出来事が、人工知能を搭載したOSのサマンサとの出会いだったわけだ。しかしそんな彼女との素晴らしい日々、その後の想像もしていなかったすれ違いが、停滞しきっていたはずのセオドアをまた一つ成長させてくれた。

 ラストシーンでセオドアが元妻に送ったメールの内容が素晴らしかった。

一緒に成長し
僕を作ってくれた
1つ伝えたい 僕の心には君がいる
感謝してるよ
君が何者になりどこへ行こうと
僕は愛を贈ろう
君は生涯の友だ

 別れてしまった恋人。仲違いした友達。もう二度と会えない人たち。人生のどんな時にもたびたび現れては去り、しこりだけ残していった他者。彼らは自分勝手に振る舞い私を傷つけた。私も反撃した。それでも。そんな人たちと少しの間でも共有していた楽しい時間が、今の私を作っていることは事実なのだ。
 私もいつか、セオドアのような言葉を、相手に伝えられないとしても自分の中で紡げたらいいのにと思う。

 もし本作のようにコンピューターへの入力が音声主体になったとしたら、それが人間の脳に及ぼす効果は絶大な気がします。毎日こうやってスマートフォンやPCに向かって黙って文字を打っているときの静寂な孤独が、何か別のものに変化しそうな気がする。家でも街中でもOSに話しかけるのが当たり前な未来が来るのだとしたら、私はちょっと楽しみです。

2015/12/26 Huluにて